2007年11月10日 藤井寺〜焼山寺山〜神山

癒しの遍路道

GPSによるトラックログ(カシミールソフト使用)
「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地図画像)及び
数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平18総使、第582号)」

 
藤井寺〜焼山寺〜焼山寺山〜鍋岩〜寄井中    (歩行時間8時間30分)

  寄井中〜(バス)〜蔵本〜(JR)〜鴨島〜(タクシー)〜藤井寺       

十数年前に、車で四国八十八ヶ所を巡った時は

本堂や大師堂で、手は合わせても真言を唱える事もせず

まるでスタンプラリーのように納経して貰っただけだった

2ヶ月ほど前から、朝日新聞の地方欄に掲載されている

発心 歩かせるもの」に、四国霊場八十八カ所を巡礼する人が増えている

人々は何を求め、何を探すのか、と書かれていた記事が、無性に心に留った

全行程、約1400kmを歩き通すのは無理だけど

阿波の難所とされる「へんろころがし」を歩いてみる

7時 第11番札所、金剛山・藤井寺に車を停めて出発

仁王信仰の象徴と言われている大草履が奉納されている

仁王門を潜ると、寺号の由来となった藤が目に付く

お大師さんが植えたとされるこの藤は、五色の花が咲くらしい

藤の季節に訪れてみよう

大きなザックを背負った若者4人が、賑やかにやって来た

お参りを済ませ、大学のワンゲル部だと言う彼らと一緒に

本堂脇から焼山寺へ続く遍路道に入って行く

此処から焼山寺まで、約12.3km

端山(はばやま)休憩所

鴨島の町並みが霞んでいる

「四国のみち」と遍路道が重なり、至る所に標識がある

ご夫妻のお遍路さんが、みかんを食べながら休まれていた

長戸庵(ちょうどあん)

少し疲れ気味の青年が休んでいた

第一番札所霊山寺から、歩き始めて3日目だという

今夜の宿も決めてないそうだが

歩けなくなったら福島に帰ると言っていた

先程休まれていたご夫妻が着かれ、青年に声を掛けていたが

同じ歩き遍路同士、顔見知りのようだった

吉野川は此処で見納めだと

ベンチに腰掛けて休んでいたお遍路さんが教えてくれた

少し霞んでいるが、さすが四国三郎、雄大な流れだわ

ヒノキ林の間を縫うように続く、階段

苦しい坂も同行二人

空海が歩いた頃の自然が、1200年経った今も残っている遍路道は

藤井寺と焼山寺を結ぶ、この道だけだそうだ

毎年5月の第三日曜日に「最後まで残った空海の道ウォーク」のイベントが催されている

9時15分 石段を下りて行った所に柳水庵(りゅうすいあん)がある

お大師さんが柳の杖で岩を突いた所から水が湧き出したと云われている

「フクロウが人を襲います」と書かれた看板があったけど・・・

柳水庵から一旦車道に出て、直ぐ山道に入って行く

まるでスポットライトのように、植林の中に日が差し込んできて幻想的

10時 後光が差している一本杉の前で、弘法大師が迎えてくれる

空海が植えたと伝えられている、この面白い形をした杉は

「左右内の一本杉」として徳島県が天然記念物に指定している

それにしても、木に勢いがあり圧倒される

此処、標高750m地点に建つ一本杉庵は今は無人だが

以前は堂守さんが居て、お遍路さんの宿泊・接待をしていたそうだ

一本杉庵からドンドン下っていると、前方で木切れが急に動き出した

んっ何? まだヘビがいるの! 急に驚かさんとってよ!

早よ、冬眠せんと風邪ひくよ  やっぱり地球温暖化かしら?

林道に出ると、ようやく焼山寺山が見え出した

柚子畑の間を通って、左右内(そうち)集落へ下りて行く

下りきって、焼山寺山の登り口にあたる最低鞍部の橋に着く

頂上まで標高差約550m、さぁ、最後の登り、頑張ろう!

急坂の上に歩き難い道が続くが

丁石が置かれているので、励みになる

作業道を横切り「九丁」の道標の所で休んでいると

後ろから駆け足で近付いて来た青年が、あっという間に通り抜けていった

凄い! トレイルランでもしているのかしら?

急坂は此処でお終い、ちょっと一休み

後は、広々とした作業用の車道を歩いて行く

やっと、駐車場からの参道が見えて来た

焼山寺を訪れるのは、これで3度目

十数年前は、車が渋滞していたのでお参りもそこそこに納経して貰っただけ

2度目は雪の焼山寺、境内の手水鉢が凍り、空気がピーンと張り詰めていた

雪の中を歩き、焼山寺山山頂にひっそりと佇む奥の院へお参り

11時50分 仁王門を潜ると、樹齢300年の杉木立が

境内を取り囲むように聳え深山の霊気が漂う

 石段を踏みしめながら「阿波の難所」といわれる

第12番札所、摩廬山・焼山寺の本堂前に立つ

お遍路さんの唱える、ご真言が清々しい

暫く休んでから焼山寺山へ向かう

境内左奥から森へ入り、よく整備された道を歩いて行くと

一際目を引く大杉が3本並び、次々とモミ、アカガシ、カエデ等の大木が現れる

大蛇封じ込めの窟

この山に棲む大蛇が悪さをして樹林や堂塔を焼くので

弘法大師が、大蛇を巌窟に閉じ込めたと伝えられる

山号の摩廬(まろ)とは水輪の事で、火伏せを現しているそうだ

葉っぱがブナみたいだけど幹が違うなと思ったら、これはイヌブナ

樹皮が黒いので別名クロブナといわれているそうだ

ブナと同じブナ科ブナ属で、標高600mくらいから見られるそうだ

黄葉真っ盛りのイヌブナに出合えて、何だか得した気分〜

其々の木には、立派な名札が付けられている

木々の紅葉を楽しみながら、名前を一つ一つ確認

でも最近、忘れ易くて覚え難くくなったみたいだから

帰りまで覚えていられるかどうか・・・?

先程、「九丁」の道標の所で追い抜いていった若者が駆け下りて来た

爽やかな挨拶を残し、これから藤井寺まで駆けて行くそうだ!!

稜線に出てから、痩せ尾根を西へ進むと焼山寺奥之院に着く

 奥之院の西側には、標高938mの焼山寺山山頂標識が立つ

12時30分  展望は良くないが食事をしながら休憩

境内近くまで下りて来ると、荷を軽くしたワンゲル部の学生さんが登って来た

「早いですね〜」 「お疲れさ〜ん」 余韻の残る挨拶を交わし見送る

インドでは、人生を四つの時期に分けて考えるそうだ

「学生期(がくしょうき)」「家住期(かじゅうき)」「林住期(りんじゅうき)」「遊行期(ゆぎょうき)」

彼らを学び鍛える「学生期」とすれば、私たちは人生を振り返る「林住期」に近いのかな

1時25分 此処から、鍋岩へ下って行く

冬に歩いた時は、凍っていて歩き難かったけど

今日は、薄っすらと色付き始めた紅葉も楽しめそう

杉と大銀杏に囲まれた杖杉庵(じょうしんあん)

伊予の国の衛門三郎が、我が身の悪行を悔い、四国八十八ヶ所の霊場を巡り

21回目に逆打ちした時、ようやくお大師さんに会い懺悔の涙を流し息絶えた

三郎の杖を、大師が墓標として立てたところ葉が生じ大杉となったので

この地を杖杉庵と呼び、四国遍路の元祖として祀られている

長戸庵で会ったご夫妻に、また此処でも再会し会釈を交わす

多分、歩き始めて3日目だろう

奥さんが靴を脱ぎ休んでいる側で、ご主人が地図を開いている

同じ目的に向かって共に歩いている、夫婦の固い絆を感じた

梅林の中に付けられた道を下って行く

左右内谷川に架かる鍋岩橋を渡ると、もう直ぐ鍋岩バス停

2時30分 町営バス・鍋岩バス停

此処から出るバスは一日2便、4時31分までも待てないわ

徳島バスの停留所まで車道を歩こう

今日は、歩き遍路なんだから

吉野川の支流、鮎喰川を渡ると国道438号線

神山温泉まで歩き、お湯に浸かって帰ろうと思っていたけど

 手前の寄井中バス停で、もう3時30分

此処で4時発のバスを待つ事にする

座って休んでいたら、「雨乞の滝羊羹」の看板が目に付いた

バス待ちの間に、コーヒーブレイク

さっぱりとした上品な味で美味しかった〜

 

私達のウォークは、たった一日、約22kmで終わったが

遍路道は、此処から鮎喰川に沿って第13番札所大日寺へと続いて行く

今日、何人かの歩き遍路さんに出会ったが

1400kmなんて、気の遠くなるような道のりを「発心 歩かせるもの」は何なんだろう?

10人のお遍路さんには、10の心があるのでしょうが

無事、結願されることを祈るばかりです

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