2007年11月23日 ”東赤石山 (河又ルート)”

赤石鉱山跡を尋ねて、北面周回

GPSによるトラックログ(カシミールソフト使用)
「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地図画像)及び
数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平18総使、第582号)」

 
五良津林道 〜登山口〜赤石鉱山跡〜赤石越〜東赤石〜三角点〜権現越
〜法皇神社(法皇権現)〜大森越〜柾木滝〜五良津河又     (9時間)

 

日本花の百名山・東赤石山は鉱山ロマン溢れる”宝の山”

安森さんの「四国赤石山系物語」を片手にダイヤやルビーを探しに行こう

一寸重たいけど(笑)

コースは、河又から赤石鉱山跡、東赤石山、権現越を周回

でも林道歩きが長いわと思っていたら

仙ちゃんから電話 「明日何処へ行くん?」

二台で行くなら、林道歩きはカットね〜

 五良津河又に一台デポして、悪路の林道を奥へ

以前、此処でパンクしたから慎重に進み、鏡沢を渡り土砂崩れの所で行き止まり

6時45分 駐車地点を出発

倒木を潜り抜け、広い林道を歩いて行くと、20分ほどで登山口

朝日が当たりだした山を見上げると、稜線が真っ白!霧氷〜♪ 

今日はあの稜線を歩くんだ わくわく

そこそこしっかりしている道を登って行くと、苔むした大岩が現れる

登山道沿いの随所に「火の用心 四国中央市土居消防団」と

書かれた看板が掛けられているので、結構目印になる

シャクナゲの快適な道を歩いていたら、倒木がとうせんぼ

「よっこらしょ」と下を潜ります

桟道に雪が積もり、いい雰囲気なんだけど

少し傾いていて滑りそう ゆっくり、慎重に歩く

8時45分 「頂上へ50分」の標識がある所に着く

此処から、左に延びる横がけ道を取り、赤石鉱山へ寄り道

藪いていて不明瞭な所もあるが、5分程で赤石鉱山事務所跡に着く

外壁が残るのみだが、入口がアーチ型の立派な石造りの建物だった事が偲ばれる

戦時下、クロームは軍艦や大砲の合金材料として好況に湧いたが

鉱況不良につれ、耐火物原料のヅン橄欖岩(デュナイト)に代わり

それもまた、業界不況で休山、次第に規模は縮小されていき

昭和61年3月に、77年間続いた赤石鉱山の歴史は閉じられたそうだ

事務所跡から、今度は下り気味に5分程歩くと

索道跡とディーゼルエンジン置場に着く

あれ、こんな所にマツダのトラック

どうやって此処まで乗ってきたのかしら?

トラックの直ぐ後ろ側には

海抜1250m地点に残る、赤石鉱山「元山坑」がある

東赤石山には、他にも「本坑」、「下連坑」等の坑口が残っているそうである

クローム鉱床は非連続に点在するので

東赤石山北面直下を中心に、屏風滝、八巻山南面、前赤石山、

法皇権現下北面の各所に坑口があり、それらを結ぶためにトロッコ用軌道を造ったそうだ

また、東赤石山をぶち抜き、別子山村側に出る坑道掘削までとりかかったが

戦局悪化による資金難のため、200m程掘った所でストップされている

此の奥で、手掘りやダイナマイトによりクローム鉄鉱を採鉱していた

掘り採った鉱石は、釣瓶式索道で清平(瀬平)・河又まで運ばれたそうだ

直ぐ側にある索道場跡には、傾いた木枠が残り往時を偲ばせる

トロッコ用軌道の終点跡に、廃石されたクローム鉱が積まれている

雪が降ると、国道11号線から一際白く見える場所だ

その向こう、帰りに歩く権現越から大森の尾根が霧氷で真っ白

雪も積もっているみたいだわ、寒そう〜

赤石鉱山跡に45分ほど寄り道して、登山道に戻る

氷穴を見忘れたけど、引き返すのもしんどいから今回はパス

9時40分  ヒノキ林の中に鎮座する、山の神様が祀られた赤石神社の祠

見上げれば好い天気なのに、日が当たらないから寒い!

全く展望の無い、薄暗い道を黙々と歩いて来て

青空を背負った真っ白い八巻が見えた時は

その美しさに、思わず「ウワァー」と感嘆したわ

水場の標識を過ぎた辺りから、木々の樹冠が明るくなり

光が差し込んで来る窓が、段々近付いて来た

嬉しくなって、急坂を駆け上がる

10時35分 赤石越着  明るくて、暖かい〜

悴んだ手を、コーヒーで温めながら、ゆっくり休憩

暫くして、やっと手の感触が戻って来た

少し早いけど、此処で昼食

仙ちゃんのお昼御飯は、お決まりの愛妻おにぎりとうどん

賑やかに食べていると、ソロの方が下りて来られ

「頂上は、風があって寒いですよ」と、にこやかに南斜面を下っていった

頂上が近付くにつれ、霧氷越しに大展望!

南の方に、太平洋も光っている!

なかなか頂上に着けないわ〜

石鎚山系も、手に取るように見えるわ〜♪

チチ山の北斜面は真っ白!

11時30分 東赤石山頂上(1707m)

北側の寒さを思えば、此処も暖かい

あれっ、何時の間にか頂上標識が増えている

新居浜の町が見えると、何だか嬉しい〜

秋祭りに太鼓台の船御幸で賑わった東港も、随分近く見える

12時45分 三角点より、これから歩く尾根を眺める

20番鉄塔から麓まで、大森の尾根は長いわねぇ

東赤石稜線の住人たちも、暖かい日差しにご満悦〜

日当たりのよい所の雪は、すっかり融けている

12時50分 冬色になった権現越

前方に天に向かって屹立したエクロジャイトの塊、法皇岩が聳える

瀬場谷登山口にも、2001年に開催された「第六回国際エクロジャイト会議」の

記念碑が建っていたけど、そもそもエクロジャイトって何よ?

調べてみると、和名は「榴輝石」で

ざくろ石(ガーネット)と輝石(ヒスイ輝石と透輝石の中間の組成)を

含む岩石をエクロジャイトと言うそうです

なんでも玄武岩等が、地殻変動で地下深く(30Km以上)旅行して来て

高圧条件などによりエクロジャイトになるらしいわ

 日本を代表するエクロジャイトの産地が、権現越から権現山にかけてだなんて

エッー!、身近に凄い所があったんだ〜

でも赤石のガーネットやヒスイは、宝石としての価値は無いそうです

ほんまに???

笹を掴んで、雪の急坂を滑りながら登り、岩を回り込むと

法皇神社(法皇権現)が祀られている祠が鎮座する

祠の前にある御影石製の手水鉢の水は凍っていたわ

別子山村史によると、「大日照りの時の雨乞いは、必ずこの社に参拝。

村から出来るだけ沢山の水を汲み上げてこれを供え、太鼓を打ち鳴らして

雨乞い踊りを奉納すると、たちどころにご利益があった」と記載されている

昔から土居町上野と別子山村が一緒になって祈願したそうだ

法皇岩から、のびやかに広がる権現越を見下ろす

権現谷と床鍋谷の水源に当たる此処は、別子山村への交通の要衝でもあった

1時30分 20番鉄塔より、大森の尾根を下山開始

赤石越への道に比べたら、この道は高速道路よ

広くて緩やかで、おまけに明るい自然林がいっぱい

正面は、右からエビラ山、黒岳、二本岩

明るいブナの林を縫って下りて行く

あらー、赤石山系にもこんなに沢山ブナが有るんだ

いい雰囲気〜

ダイヤやルビーは見つからなかったけど、ブナは森の宝石よ 大収穫

2時40分 大森越

先日見た40余年前の大森越の写真では

もっと開けていて二本岩や権現越もよく見えていたのだけど

植林された木々が大きくなり、展望の無いコルに様変わりしている

さぁ、此処から大森の頭(大森山)を越える鉄塔巡視路を進んで河又か

柾木滝を経由して河又か  どっちにする〜?

道は少し荒れていそうだけど、紅葉も見頃だろうし滝も見たいわねぇ

という事で、右に折れて柾木の滝を目指し下って行く

でも、道幅も狭く草で覆われ、倒木や崩壊箇所もあり

快適だった巡視路の尾根道に比べると、随分歩き難い

あらら、折角、架けて呉れている橋も

こんなに傾いていては、渡れない

滑らないように気をつけながら、川の中をジャブジャブと

もっと水量があれば、大森越へ引き返さなければ・・・考えただけで、ゾォー

渓谷沿いの道は傷んでいたり、滑りそうだったりで気が抜けないので

どっと疲れが出て来たわ  「あ〜 しんど〜」

滝の上部を過ぎ、ワイヤーが付けられた急坂を下りると林道に出る

標識には大森越えから滝まで35分と書かれていたけど、結構時間がかかった

ウワァー!見事なカエデの黄葉! こうしま谷は紅葉真っ盛り〜♪

 やっと景色を見る余裕が出て来たわ

あっ、滝の音が聞こえ出したよ〜

3時30分 名瀑”柾木の滝”

深い滝壺に力強くなだれ落ちてくる一筋の滝に、感動!

疲れも吹き飛び、渓谷の紅葉を楽しみながら林道を歩き

3時45分 五良津河又のデポ車地点着

さぁ、また凸凹道よ〜

駐車地点に着くと、山梨ナンバーの車が停まり、ご夫妻が下山した所だった

剣山、三嶺、石鎚、東赤石と登られ、明日は笹ヶ峰だそうだ

百名山、二百名山を目指しておられるのでしょうが、それにしても凄い

 

相変わらずの林道の悪さには閉口したが

歴史ある赤石鉱山跡、エクロジャイトの法皇岩から大展望

雪と霧氷とブナ林、おまけに紅葉と滝も充分楽しめ

盛り沢山の充実した山行でした

 

(参照  安森 滋著「四国赤石山系物語」)

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