2010年 ”紅葉の頃”

長引く酷暑に、「山装う」秋は来るのかしらんと心配したけど

今秋の紅葉は想いのほか艶やかに色付き、沢山の感動を貰った

いつの間にか、里にもみじ散らしの北風が吹き出し、やがて山眠る季節が訪れた

裏を見せ  表を見せて 散るもみじ  良寛

 

10月11日 石鎚山

石鎚山東稜ルートより南尖峰を見上げる

墓場尾根

大砲岩

天狗岳を振り返る

賑わう弥山山頂

 

西日本の紅葉は石鎚から、紅に染まる天狗尾根が沈みそうな人、人、人

生きることは燃えること」元京大学長の平沢興先生の言葉を思い出す

春夏秋冬、人々を惹きつける神々しい姿で立ち尽くして何万年経ったのだろう?

気の遠くなるような歳月が流れている事を思うと、自然と頭が垂れてくる

 三浦修吾著「教育者の思想と生活」(大正8年出版)の中に書かれた「登山の資格」

登山に必要な資格とは何か。それは大自然に任せるということ、

これは山登りの資格であるばかりでなく、人生の全ての事の資格であり、

人間が生きて行く上の第一義の資格である

教育は人間生活のこの根本の意義に、其の立脚地を置かねばならぬ

心を大磐石の如くし、気分を旭の如く勇ましくせよ。

大正の出版だから、言葉に堅苦しさを感じるけれど、新鮮な響きで心に迫って来る

 

 

10月16日  笹ヶ峰

もみじの故郷・もみじ谷

笹ヶ峰とのコルから眺めるチチ山南面

チチ山から眺める笹ヶ峰

石鎚、瓶ヶ森見ながら笹ヶ峰頂上へ

 

秋風が吹き出すと、モミジの故郷・笹ヶ峰のもみじ谷が静かに燃え上がる

一番最初に燃上がるのは、もみじ谷の主・オオイタヤメイゲツ

「元気を出し続けると、元気は増してくる」、最近読んだ本の中にこんな言葉が書かれていた

がむしゃらに生きていた若い頃に比べると、年とともに元気でない時も増えて来た

そんな時は只ひたすら歩くのが良い、急坂を頑張っている時は歩くことに集中して何も考えられない

汗をかいた後の爽やかな涼風が、小さな失敗にくよくよしていた私を何処かへ連れて行く

大自然に包まれていると、知らぬ間に力が漲って来ている、「明日から、また頑張ろう」

 

 

10月23日  東赤石山〜西赤石山

東赤石山、直登ルートより大座礼山方面を眺める

前赤石山トラバースより西赤石山

物住ノ頭より前赤石山を振り返る

西赤石山より下山中、兜岩を眺める

 

故郷の山・赤石が、「見て〜!」と華やかに装っている

秋深まる日、何気なく三島由紀夫著「葉隠入門」(新潮文庫)を手に取った

長い間本棚の隅で埃を被り、色褪せている

「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」、葉隠を象徴する強烈な言葉を思い浮かべながらページを捲る

読み進んでいると、葉隠名言の中の「急ぐな、あわてるな!」の言葉が目に飛び込んで来た

(徳ある人は胸中にゆるりしたところがありて、何事によらず忙しきこと無し)

 

 

10月27日  獅子舞ノ鼻

獅子舞ノ鼻付近よりチチ山ノ別れ方面を眺める

沓掛山、黒森山を眺める

「暑さ寒さも彼岸まで」と言うのに、秋祭が来ても一向に気温が下がらない

今年はどうなっているんだろうかと心配していたところ、急な冷え込みで山々が一気に白く染まった

赤や黄色に色付いた葉っぱが、寒さに耐え息づいている、地に落ちるまで、懸命に頑張れ!

東井義雄先生に頂いた詩「小さい勇気をこそ

人生の大嵐がやってきたとき                          

それがへっちゃらで乗りこえられるような大きい勇気もほしいにはほしいが

わたしは 小さい勇気こそほしい                        

わたしの大切な仕事をあとまわしにさせ                    

忘れさせようとする小さい悪魔が テレビのスリルドラマや漫画にばけて 

わたしを誘惑するとき すぐそれがやっつけられるくらいの         

小さい勇気でいいから わたしは それがほしい               

 もう5分くらいねていたっていいじゃないか  今朝は寒いんだよと     

わたしにささやきかける小さい悪魔を                     

すぐにやっつけてしまえるくらいの小さい勇気こそほしい          

(略)

どんな苦難も乗り切れる 大きい勇気もほしいにはほしいが       

毎日 小出しにして使える 小さい勇気でいいから             

それが わたしは たくさん ほしい                      

それに そういう小さい勇気を軽蔑していては                

いざというときの 大きい勇気も つかめないのではないだろうか    

 

 

10月31日  剣 山

剣山、見ノ越登山口

雨に煙る遊歩道

「美しき日本の残像」の著者・アレックス・カー氏が、日本の美しい田舎の風景だと賞賛した祖谷

そこは深い谷が長いあいだ外界を遠ざけていた秘境の地、平家伝説が残る

雨もまた好し、地衣類を纏った倒木も雫を湛え、彩り豊かな森の味わいを醸し出す

愁いを感じさせる木々が佇む森で、明るいシロモジが一人気を吐いているようだ

「正法眼蔵菩提薩タ 四摂法を語る」 武井 哲応著

文中、武井老師が「てんご言うな」の語源、「諂曲(てんごく)」について話されている

へつらうという言葉は「諂」ですね。これが出てくるお経で、一番皆が知っているのは「仏遺教経」です

ここには「諂曲(てんごく)」という言葉が出てくる。諂曲はですね、「道と相違する」ということです

仏道と裏腹だというんですね。へつらうというのは何かというとむさぼりの裏返しなんです。

よく考えてみると、なんで我々はへつらうのか?何か利得を得ようとするからでしょう。

不当な利益を得ようとする時にへつらうんです。これはですね、「お前はへつらわないか?」

と言われたら痛いんです。案外へつらわないような顔をしてへつらっている

諂笑、諂涙、諂慢、諂魅についても「お前はどうだ」と常に自分に問いかけるのが老師の一貫した教えでした

 

 

11月03日寒風山

小春日和の「文化の日」、空の青、霧氷の白、マユミのピンクと三段染め〜♪

桑瀬峠から下山中、稜線を見上げる

 

厳しい冬に向かう前、一際華やかに装う木々を眺めていると

ふと、ゴーリキー(ロシアの作家)の言葉を思い出していた

人間は誰でも灰色の魂をもっている・・・だから、ちょっと紅をさしたがるのさ

そう、心の奥に秘めた灰色の魂に紅をさすのを忘れてしまったら、生きていけない

「口紅だけじゃない、心を元気にする紅も大事」、黄葉するブナ林から思わぬ事を教えられた

 

 

11月03日 笹ヶ峰南尾根

南尾根の主

中川一政画伯の鋭い観察眼を思わせる一句

もみじ葉の 松にまじりて 美しき けしきをみよと あさひさすなり

写実とは見たままを描く事ではなく、思ったままを描く事だと、エッセイ「画にもかけない」の中で言っている

燃え上がる大ブナを見て何を思ったのか?自分自身に問いかけてみたが

感動を言葉で表すには、あまりに語彙が少な過ぎて難しい

 

 

11月06日  矢筈ヶ山

大山道から眺める南壁

晩秋、黄金の大山道を歩きながら感嘆の声を上げた

何百年もの間、其処に立ち尽くし大山詣の人々を見守って来たのだろう

大自然からの贈り物だ

老子は、自然への畏敬のみならず、その自然を生み出した大宇宙に思いを馳せ

そうした宇宙意識から人間を見てきた

彼が残した様々な言葉には、2500年という膨大な時の隔たりを超えて

今なお私たちに問いかけてくる確かなメッセージがある

足ることを知る者は富めり  自ら知る者は明なり

その声を全身で感じることで、少しでも心安らかに過ごしたい

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