「秋葉が済まにゃあ 温うならん」 四国山地の中西部に位置する仁淀川町別枝(べっし)は、よく雪が降る
雪の中、地域をあげて祭りの練習や準備が進められ
建国記念日の2月11日に、土佐三大祭りの一つ「秋葉まつり」が盛大に行われる
急峻なこの地域に 法螺貝や笛、太鼓、鉦のお囃子が鳴り響き、春を呼ぶ
先ずは「秋葉神社&秋葉まつり」の由来から
今から800余年前、平家の落武者・佐藤清岩が遠州秋葉山から勧請した火産霊命(ほぶすなのみこと)を
岩屋神社裏の岩窟に祀ったのが秋葉神社の始まりで、人々は防火・災難避けの神様として篤く信仰
その後、法泉寺、市川家に御祭神は遷され長い間祀られてきたが、寛政六年(1794)、地区の氏神様として現在の場所に遷される
この時の約束で、御祭神は年に一度、市川家に行幸されることになったそうだ
市川家にお泊りになった御神体を、2月11日早朝、総勢200名に及ぶ行列が迎えにゆき秋葉神社への帰途につく
この御遷幸行事が「秋葉祭礼練り」 鼻高面を先頭に、秋葉神社まで約3km、練り歩く
「練り」の途中、太刀踊りや鳥毛が奉納される場所と時間
岩屋神社(9時〜9時30分頃) 旧関所番市 川 家 (9時40分〜10時30分頃)
法 泉 寺(11時30分〜1時頃) 庄屋跡中 越 家 (1時30分〜2時頃) 秋葉神社(2時30分〜3時30分)
神社の神輿を担ぐ郷付きたち、そして本村、霧之窪、沢渡の三集落の太刀踊り役等、総勢200人が法螺貝を鳴り響かせて岩屋神社に集合
岩屋神社の前の道はひっきりなしに観光客の自動車が通る、油売りも交通整理に一役買って出たのは良いけれど・・・
神社での奉納が終わると、行列は枝垂桜を潜って旧関所番市川家へご神体を迎えに行く
祭りの総采配役となる「鼻高」が見守る中、武者姿の子供たちの太刀踊りが行われる
ご神体を頂いた神輿が市川家から勢いよく飛び出し、いよいよ秋葉神社へ御遷幸
そのあとを追うように、祭り最大の呼び物「練り」が始まります
行列の後を追いながら、グランパは何処へ行ったんだろう?と思っていたら
はぁ、はぁ、息を弾ませながら道路下から上がって来た、川を渡り対岸から行列を見ていたそうだ
「中津明神山が真っ白じゃ」
鼻高を先頭に、赤、紫、緑、黄、白の5色のハリモノが続き、さながら時代絵巻を彷彿させる行列が続く
裃姿の皆さんは下駄履き、坂道はとても歩き難そうだ
ワッショイ ワッショイ 御神輿が坂道を駆け上がる 遠くから中津明神山も高見の見物
トントン チキチ トン チキチ トントン チキチ チン チキチ
祭りの花形は、何と言ってもおよそ7mの大毛槍を投げ合う「鳥毛ひねり」
鳥毛竿の先には「東天紅」という日本鶏の一種の尾羽根がくるくる回されている
火の神様に因んだ火事装束の鳥毛役が、風に舞う奴さんのように体をひねりながら間合いを計ります
打ち鳴らす太鼓の音が変わったと思った瞬間、フワッと空中高く大毛槍が舞い上がり相方がジャンプ竿を片手で掴むやいなや、くるっと身体を回転させ大毛槍を肩に背負うように受け止めると
ウワァー、どよめきと共に拍手が沸き起こる
この後、行列は法泉寺で昼食休憩して、午後からは中越家へ
中越家へ向かう途中、人だかりがしているので見てみると「てっぺんそば」実演販売中
仁淀川町産のそば粉100%だって、 これは頂いて帰らなくてはと列に並ぶ、美味しくてとても温まりました
行列が通る狭い道沿いで待っていたら、神輿に先駆けて人気者の油売り登場
あちらこちらから防火のお守り「ミニサイハラ」を購める声がかかり大忙し、その楽しい演出で笑いの渦が沸き起こる
枝垂桜を背に豪快な神輿の「こね合い」が始まった、今日ばかりは中越家のしだれ桜も名脇役
狭い道での鳥毛ひねりは鳥毛役の緊張が伝わってくる、寒さも忘れてハラハラドキドキ
あっ、空に舞う鳥毛に飛びついた途端、勢い余って下の畑に落下、でも大毛槍は離しません
パチパチパチ 写真を撮るのも忘れて拍手喝采です
時間もたっぷりあるので、秋葉神社へお参り (写真の順序は中越家奉納の前です)
(御神輿が到着するのは2時間くらい後なのに、もうたくさんの人が観客席で待ち受けていました)
御神輿について再び鳥居を潜ると、、境内を埋め尽くす観客で熱気ムンムンです
豪快な神輿のこね合いが始まり、、いよいよ祭りも最高潮
社に向かおうとする神輿が観客の掛け声で何度も境内に引き戻され、またまた「こね合い」、なかなか還りつきません
無事ご神体が社に還った後、鳥毛ひねりや太刀踊りが奉納され華やかな境内は春色に染まりました
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