” ブナの森を歩く U ”


秋〜マザーツリーを尋ねて〜


立秋が過ぎ、秋風が稲穂を揺らす頃になると、ブナの森は宴の準備を始める

ライトグリーンに包まれる春が歓迎の宴とすれば、黄金色に輝く秋は送別の宴

黄葉、紅葉と追っかける高揚感とは裏腹に、散りゆく葉っぱを見るとどこかセンチな気持ちにもなる季節です

木枯らし一号の声を聞くとブナは眠りの準備をし、降り積もった落葉がやがて冬を呼ぶ

深緑の夏が終わり、微妙に色合いに変化がみられ始める初秋から晩秋へと、ブナの森を歩いてみた


落合峠 (9月23日)



ススキの名所・落合峠(1520m)から登山道を北に下り、標高1320m位の道脇に立つ一本

目通り、樹形、樹勢とも見惚れるほどの大ブナです

紅葉は未だだけど、葉緑素(クロロフィル)が分解され始め、緑緑色から、薄い緑に変化している

最低気温が8℃以下になると紅葉が始まり、5℃〜6℃になるとぐっと進むといわれているが

気温が下がると、葉柄の付け根に離層という組織が作られ、物質の行き来が妨げられ、

光合成で生産された糖は葉に留まり、この糖から赤い色素アントシアニンが出来、葉が赤くなるそうだ

やがて離層で切り離され落葉し、秋の森の一大イベント送別の宴は幕を下ろす



紅葉のメカニズム(How)はなんとなく分かるが、では何故(Why)葉を落とさなければならないのか?

蓄えられた老廃物を廃棄するとか、葉を落として休眠状態にするほうが生存率が高まるとか、諸説あるらしい

木漏れ日を受け、神々しい姿で急傾斜地で頑張る大ブナ 太い根でしっかりと大地を掴んでいる

傾斜地では倒れないように一方だけ(年輪が)太くなる これを「あて」といい、環境に適応する木だけが生き残る



比婆山(9月28日)

1970年7月 広島県比婆郡西城町油木地区の山麓で、大猿かゴリラに似た生き物が目撃された

二足歩行、顔は逆三角形、ギョロ目が大きくつり上がり

背丈は1.5m、体重は85kg、足のサイズは27cm・・・と、かなりリアルです

役場には「類人猿係」が設置されるほどの話題を提供した未確認動物 その名は「ヒバゴン」

その後、正体が解明されたかどうか定かで無いが、「ヒバ・比婆」の名はそれ以来記憶に残っている

ヒバゴンの故郷・比婆山には、国の天然記念物に指定されたブナの純林が広がっているそうな



御陵近くの稜線で神域を護っていたこの大ブナ(目通り4.6mあったそうです)は

ヒバゴンフィーバーをどんな想いで眺めていたんだろうか

ブナは、@立ち枯れ A幹が途中で折れて枯れる幹折れ B根元から倒れる寝返り で最期を迎える

地元の登山者が「去年は未だ立っていたと思います」と、言われていたけど 折れた幹がまだ生々しい 

ブナに関心を持ってから、何百年も生きてきた大ブナが ここ数年の間に枯死してゆく姿をよく目にする 

四国ではたとえば権田山、面河山、シラサ峠など 

偶然? それとも必然?、どちらにしても大地に伏せた姿を見ると心が痛む



ブナの実が落ちると多くは野生動物に食べられるが、動物は一部を土の中に隠し、食べ忘れた実が発芽するといわれる

動物たちが好んで食べるブナの実は、カロリー、タンパク質など栄養価が高い

ブナ帯では、人々が非常食用として貯蔵し、古民家を取り壊す際にブナの実が入った俵が出てくることがあったとか



立烏帽子駐車場から管理車道(マイカーは進入禁止)を六ノ原に向けて15分ほど下ると、

谷側の急斜面に一目でそれと判る大ブナ 目通り4.8m 比婆山一のブナです

伝説の山・比婆山の母なる木は、ブナと思いきやなんと栂(イチイ)

木偏に無と書くブナでは肩身が狭いが この大ブナを比婆山のマザーツリーと呼ばせてもらいましょう



黒岳(10月12日)

HP「鈴鹿の風に吹き飛ばされて・九州に!」の管理人MORIさんに頂きました



幹回り6m以上、宮崎県諸塚村の最高峰・黒岳(1455m)のマザーツリー

MORIさんは、このブナに出会った感動を山行記に次のように書かれている

「一度見たいと思っていたブナの巨木を目にした時には驚愕した

これ程大きいブナを見るのは初めてであり、感動ものであった」と

画像からでも6m超の迫力が伝わって来ます 黒岳は、登山より運転で疲れる山だそうです

登山口までの長いアプローチをこなし、目的の大ブナに会った感動は一入だったことでしょう

恐らく自分の目にすることが無い、遥か日向の巨大ブナ有り難うございます



白神山地(10月12日)

白神山地とは、青森県南西部から秋田県北西部に跨る山地の総称で

青森県側12.627ha、秋田県側4.344ha、合わせて16.971haと、世界最大級の規模でブナの原生林が広がっており

1993年12月、日本で最初の世界自然遺産としてユネスコに登録されました

その原生的なブナの森には、ブナ、ミズナラ、サワグルミそしてアオモリマンテマ、ツガルミセバヤなどの貴重な植物が生育し

ツキノワグマ、ニホンザル、ニホンカモシカ、クマゲラ、イヌワシ、ヤマネなど多くの動物が生息しているそうです

いつかは日本のブナの森の頂点「白神」へ・・・・募る想いが沸点に達する今、みちのくの紅葉鑑賞も絡めて尋ねてみた



 アップルロードから、津軽富士・岩木山を見上げる  四国から此処まで、およそ1500km、遠かった〜

車を降りればリンゴの甘い香りが、勿論、箱さ、いっぺえ買って帰ぇりました

さて、青森といえば「ねぷた」、一年中ねぷたを体感できるという「津軽藩ねぷた村」は熱気がムンムン

えぐのわんつか(ちょっとだけ)ねぷた祭り体験〜 でも、やっぱり夏に観たい!



白神山地への青森側の入口、西目屋村にある「白神山地ビジターセンター」を訪ねた

そこはブナの一生、ブナ林のしくみ、白神山地の生態系や、人間との関わりを学ぶミュージアムです

予備知識をインプットし準備万端、さあマザーツリーを見に行きましょう

暗門の滝駐車場を通り過ぎ、砂利道を20分程走ると津軽峠 弘前行の季節運航バスが停まっている

しじみで有名な十三湖を育む津軽の母・岩木川を遡る事、およそ100km ブナに囲まれた峠です

峠手前から南を見ると、白神山地の緩衝地域、核心地域が広がっている

白神の由来は、「岩木山の民衆信仰の中にある津軽のオシラサマ信仰を、オシラサマの響きがなんとなく

「白神」に通じるということでオシラサマがシラカミサマになった」と言われている 



峠から遊歩道を270m これが、「白神山地のマザーツリー」 触ると母のぬくもりを感じます

胸高直径148cm、胸高幹回り465cm、樹高30m、推定樹齢400年(平成10年現在)

465cmは巨大というほどでは無いが、「私は世界遺産白神の母よ」とでも言いたげにどっしりと構えている

幹に着いた苔から積雪深が分かる 白っぽい部分が雪に埋まり、春先に融雪と凍結を繰り返し苔を剥がしてゆく

「母なる木」、「母なる山」など象徴的な自然を母に例えることがあるが、父なる・・・はあまり目にしない

家庭での父は存在感が薄いのかと殿方諸氏に申し訳ないなと思っていたら、

峠南の高倉森辺りにもう一回り大きい「ヤコブ爺さん」と愛称される「ファーザーツリー」もあるらしい

安心しました



八甲田・十和田(10月13日)



お湯がずんぶあずましかった(津軽弁でとても心地良い) 酸ヶ湯温泉   

子ブナも一人前に紅葉している 10歳で高さ1m、直径1cm位になるそうだから7〜8歳かな?

楽しみにしていた八甲田山池塘の草紅葉は生憎の空模様

地獄湯ノ沢はまさに地獄でした 雨が霰に変わり容赦なく下から吹き上げてくる

仙人岱避難小屋でお茶だけ飲んで、泥んこの道を追われるように逃げてきた 

昨日の岩木山といい2日続けての撤退です 気を取り直し、今回の主目的の一つ十和田へ
 
国道102号線(惣辺バイパス)から山側の林道に入る(入口に大幌内牧場→の看板がある)

林道を2qほど上って行くと右側に7〜8台停めれる駐車場があり、熊のキャラクターに導かれ山道に入る 

こんな所に大ブナなんか居るのかな?と思いながら、細木に囲まれた平坦な道を200mほど歩くと・・・



これです 十和田の「森の神」と呼ばれている幹回り601cm、一本木のブナとしては日本一

僅かに色付き始めた森の中で圧倒的な姿で立っている このブナに会いたくて、はるばる四国から走って来た

八甲田山では強風、雨、霰だった天気も、神の御利益なのか、青空が広がり出した

木漏れ日を受けた巨大ブナは神々しく輝き、静まり返る神域に崇高な気を放っている

「幹の途中から三本に分かれている木(三頭木)は、「山の神」が宿ると敬われ、

木こりやマタギの人々も三頭木だけは伐採せず守って来た」という事を知り

対面できる日を楽しみにしていたが、目の当たりにし胸が高鳴る 想像を絶する迫力と風貌です!

「優しき母」、「偉大なる父」を超越する「神」の姿がここにある



立ち寄り先で沢山の土産を買いましたが、日本一のブナのドングリが自分への一番の土産です

帰る支度をしていると、2人の男性が重そうな袋を提げて山から下りてきた

ブナ林の宝石といわれるナメコ 群生した姿は倒木全体が紅葉しているかのように見えるそうです



一週間後、結婚40周年の記念旅行で東北へ行かれたエントツ山さんに頂いた、黄金色の大海!

空中から見渡すと、樹種の構成がもうさほど変化しない極相林と呼ばれる広大な森が広がっている

なだらかな斜面に異次元のスケールで輝くブナの森 白神のみならず人類の遺産として残したい

おろぉ〜、まなぐあげな!  じゃわめくでば〜 (なんとまぁ、眼の中真っ赤! わくわくしてくるわ〜) 



石鎚山(10月21日)

今年の夏は長い 10月に入っても各地で真夏日が続いている

糸魚川市で10月9日 10月としては国内観測史上最高の気温35.1度を記録した

今夏は、「観測史上初」とか、「これまで経験したことのない」とかいう言葉をよく耳にした

竜巻なんかは、昔はアメリカ中西部の特殊な気象現象くらいにしか思っていなかった

地球の悲鳴か、あるいは人類へのメッセージか? 温暖化に早く手を打たなけれ制御不能になってしまう



南尖峰直下で日差しを受け、北壁が火照るほどに輝くブナ

黄金色の風がルンゼ吹き抜け、時折サラサラと乾いた音が聞こえてくる

この雄大な景色の中で、登山者は心を無にし、(ちょっとキザですが・・・)ブナの森の旅人となる



天狗尾根では周りの木々がほぼ葉を落し冬籠り態勢に入っているというのに、秋を頑張っているブナ

鎖場を恐る恐る下りる登山者を眺めながら、何十回となく若葉を飾り、そして落として来たのだろう

色白ですらっとしたブナや、6mを超える巨大ブナ等と異なり、ぼろぼろになってでも立派に生き抜いている

2000m近い岩場で精いっぱい辛抱する「おしんブナ」にチカラを貰った



伊吹山(10月21日)



巨大ブナの紅葉はそろそろかなと伊吹山を尋ねてみた やっぱりデカイです

背丈ほどのスズタケの中で、野趣たっぷりでどっしりとしたその姿は、白神山地の「マザーツリー」や、

十和田の「森の神」と遜色ありません 「伊吹山のマザーツリー」と呼ばせてもらおうかな

楽しみにしていた足下のブナの赤ちゃんの姿は見えない ブナは陰樹といってもこれほどスズタケが蔓延っていてはねぇ

それに20歳(高さ2m、直径3cm)くらいまでは、菌類に対する抵抗力もないそうだから・・・



もう少し冷え込んだら、紅葉は一気に進むでしょう

12月の気温は平年並みか低くなり、今年の冬は3年連続の「寒冬」の長期予報

予報を後押しするかのように、10月27日には石鎚山はじめ四国の高山から初霧氷の便りが聞こえてきた

長い夏と、早く訪れる冬の狭間で「心深き人」は居場所がない 紅葉も駆け足で下りて来る



ファガスの森(10月30日)



手軽に紅葉が楽しめるライダーのオアシス「ファガスの森・高城」へ

秋空の下でブナの森は眩しいくらいに輝いている

林冠はブナが目立つが、森に一歩入れば多様な樹種からなる混交林

ブナ、カエデ、リョウブ、ヒメシャラ シロモジなどがもう酩酊状態で艶やかさを競っている

東予地方の人には想像できると思いますが、新居浜太鼓祭りと西条祭りを同時に観るような華やかさです



一年のクライマックスを迎えている ブナの森 送別の宴もそろそろ最終章

林床に赤や黄色の絨毯が敷き詰められ、やがてブナの森に人を拒む白い季節が訪れる

自ら”酒中の仙”と称した唐の詩人、李白の歌を真似て宴を閉じたいと思います

両人対酌すれば 木の葉散る(山花ひらく)  一盃 一盃 また一盃

我酔いて眠らんと欲す 君しばらく去れ  来春(明朝)意有らば 若葉(琴)を抱いて来たれ


  来春また森をライトグリーンに飾って下さいね 「ブナの森さん」おつかれさま、そしてありがとう


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