2020年04月04日  ”雨滝龍神社・明神ヶ森”


GPSトラックログ (カシミールソフト使用)
この地図の作成に当たっては国土地理院長の承認を得、同院発行の数値地図50000(地図画像)、及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用
 承認番号 平18総使 第582号る


高縄山系主稜線の中で一歩リードした尖がりは、松山市最高峰・明神ヶ森

福見寺参拝道を歩き福と神をセットで尋ねて以来、11年振りの再訪です

今日は重信町の黒滝神社(雨滝龍神社)から登ります

神社P(7:55)〜(8:25)登山口〜(9:50)明神ヶ森(10:00)〜(11:00)登山口〜(11:20)
                            (3時間35分)



重信町山之内神子野集落を過ぎ、黒滝橋手前で県道152と分かれ、

重信川の支流に沿い、狭くてガタガタの林道を遡行する

地理院地図に載る前黒滝からの古道を探すが、見つけられませんでした

ヘアピンカーブを繰り返し、県道から20分弱で分岐

左は登山口へ、右は黒滝神社(雨滝龍神社)へ

右へ200mくらい進み、神社前に車を停める



嘉吉3年(1443)11月8日河野通光再建と伝わる立派な神門を潜り、拝殿で手を合わせ

雨滝龍神社跡の石碑が建つ境内右隅から、適当に山に入る

5分で林道に出合い、ショートカットしながら進むと、「明神ヶ森登山口」の表示



すぐ稜線に乗り、7分で岩尾根直下のトラバース道に入る

ガレやザレの道に落ち葉が載り結構歩き難い



あっ! コバイモ?・・・無いよねぇ  ミツマタ一叢の林床で蕾を付けたヤマシャク



登山口から約1時間、横駆け道が終わり、1169P右の主稜線鞍部向け直登する

日当たりが良く、いろんな花がありそうな雰囲気です



標高差100m程のすり鉢状の急斜面 はっきりした道はありませんが、とにかく上へ

赤い林床とバイケイソウの緑のコントラストが綺麗です



斜面取り付きから20分弱で主稜線に乗り、右へ

北面にブナが目立つ快適な道を進む このブナの古木は見覚えがあります



頂上手前から、白潰や東三方ヶ森方面  ブナの枝先が膨らみ、展葉が始まっている

明神ヶ森頂上(3等△1217.0m) 折角の上天気なのに高木に囲まれスカッとした展望は無し



復路は、頂上から南に延びる稜線を下る 

薄っすら踏み跡があり、藪も無さそうだし稜線を外さなければ大丈夫でしょう

急坂や、崩壊地の縁は慎重に



鞍部から登り返して1123Pだったかな?(左写真)  頂上から45分で岩場が現れる



なんとかクリアし、登山口の林道まで下りて来た



下りは林道を串刺しして一直線、あっという間に神社に着きました

「明神ヶ森に鎮座していた龍神社が、文明4(1472)年ここに遷座したと伝わり

祭神は龍神、雨乞い祈願所として知られていた」そうです

文明ではないですが、文化十酉(1813)と刻まれた手水舎がある

神社前の林道を横切り、参道が下りている ちょっと覗いてみましょう



笠や貫が壊れ落ちた鳥居 もう少し下ると龍神社の石碑

参道先の竹林の中に建物が見える 

奥黒滝から前黒滝への道がどんなんか気になりますが今日はここまで、引き返す

今日も道中誰にも会わない静かな龍神さんの山でした

県道まで下り、重信川沿いを奥へ

分県ガイドに紹介されている「一目五千本桜として名高い山桜の名所」を尋ねます


県道152(寺尾重信線)を走り、西条市丹原町へ



元亀年間、樋口の岩伽羅城を守る後方の砦として築かれた「烏ヶ嶽城」址

この辺りは、満開の桜を眺めながらルンルンでしたが

左に阿歌古渓谷への分岐を見て、橋を渡ると道が狭くなる

アララ、目の前が川です! 小松谷と重信川の出合いが水没しています

鉄板が沈んだらやばいんじゃない?と思いながら、そろそろ渡る



東温市山之内の天然記念物  約7千万年前の波の跡「漣痕化石(れんこん)」

当時海であった場所が地殻変動で陸地となり、堆積していた砂岩や泥岩が浸食され

漣痕部分(リップルマーク)が露出したそうです

ガードレールも無い、未舗装の山道が続く

一目五千本桜は、「漣痕化石から2km上流の稔山中腹、重信町と丹原町にまたがる」そうですが

谷が狭隘で見通しが悪く、一目するところがない

 

きょろきょろしながら走っていると、大きな石碑が建つ窓峠(625m)に着いた

峠を抜けて、対岸のヤマザクラを眺める



周桑平野と、瓶ヶ森から笹ヶ峰の遠望

対向車が来ないことを祈りながらクネクネ下り、2車線になりホッとしました

初めて走った「県道152」は、「険道152」として記憶に残りそうです

天気も良いし、桜を楽しみながらゆっくり帰りましょう


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