2021年10月30日  ”呉石の石鎚神社”


GPSトラックログ (カシミールソフト使用)
この地図の作成に当たっては国土地理院長の承認を得、同院発行の数値地図50000(地図画像)、及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用
 承認番号 平18総使 第582号る



法皇山系呉石山の東に石鎚神社が勧請され、今も静かに佇んでいるそうです

堀切峠からスカイラインを車で走れば、参道口まで容易に行けますが、それではご利益が無い

今日は、新宮町杉谷集落から古道を辿って「呉石の石鎚さん」を尋ねます


P(7:00)〜(7:40)呉石集落茶畑(7:55)〜(8:23)峠〜石鎚神社〜(8:38)電波塔〜(9:02)呉石山
〜(9:15)呉石高原(9:32)〜(9:48)呉石集落茶畑(10:12)〜(10:45)P       (3時間45分)



国道319号から分かれ、銅山川を渡り、朝霧に包まれた杉谷集落へ

集落はずれの路肩に車を停め、保線路(入口に四国電力のアングルあり)に入る

整然と積まれた石垣や廃屋を見ながら急坂を登ります



8分で古道に出合い左へ すぐ保線路を右に分ける

枯れ枝や倒木などありますが、(思っていたより)道は広くしっかりしています

霧が覆う杉林に差し込む朝日が神秘的です ひんやりした空気が鼻と喉に優しい



597mpを左に巻き、すぐ右に道を分け直進します

植林帯を抜け出ると、目の前によく手入れされた茶畑が広がる

丁度真上が、石鎚神社が祀られたお山(電波塔左の小さなピーク)です



朝夕は冷え込むのでしょうが、日溜りは温かい

道端に腰掛け、雲海を見ながら休みます



日陰に入ると、ちょっと寒い やっぱり、一枚羽織っておこう

古道もありそうですが、茶畑から車道歩き20分ほどで峠 右に林道が延びている

林道取り付きから、右上の尾根に上がると



直ぐに木の鳥居がある 手水舎は最近奉納されたのか、新しい

木々で覆われた尾根を進むと、笠が落ちてしまった一対の燈籠 



木漏れ日が差す小広い場所に、 明治14年2月28日建立の石鎚神社が祀られていました

地元の方にお聞きすると、以前は旧暦の2月28日に縁日が開かれ

新宮村の杉谷、呉石、麦明地区、そして、川之江村の川滝、妻鳥辺りからも人々が集い

神社下の広場で相撲大会が行われていたそうです



神社から林道に下り、東へ進むと電波塔(817mp)で行止り



電波塔南側の岩場からの展望 目の前には秋の風物詩・銅山川を覆う大雲海

西には、佐々連尾山や大森山など嶺南の山々



白い大河の川下には、国見山、中津山、そして最奥に剣山



向かいに歩いてきた尾根が雲海に浮かび、その先には、銅山川を隔てて塩塚高原



峠まで引き返し、なだらかな尾根を西に進む

10分弱で、呉石山山頂 (三等三角点 黒石 826.89m) 展望はありません



山頂から少し西に進み、適当に右に振れば車道に出る

峠に引き返す途中、三叉路に立つ「呉石高原 50m」の標識を見て下ってゆく



大きく育った木々に囲まれ展望も無く、高原というイメージでは無いけれど

ゲートが開いていたので、ちょっとお邪魔して農作業されてる方にいろいろお話を伺う

以前は、この辺りは萱場で、直ぐ上の石鎚神社の相撲大会は賑わっていたとか教えていただいた

お礼を言って引き返し、呉石集落跡の茶畑まで下りてくると、車が止まっている

天気の良い日は、茶畑の手入れをしながら一日のんびり過ごすのが日課だという新宮の方でした

これから杉谷に下りると言うと、ビックリされていたが

「昔の人は重い荷物を背負って、この峠越えの道を歩いたんじゃから大変じゃったろう」と話が弾みます



雲海がすっかり消え、茶畑の向こうに点在する新宮の集落が見える

素敵な景色の中で、すっかり話し込んだ後

屋敷跡の立派なカヤの木を見せてくれ、「気を付けて」と手を振ってくれました

登りでしんどい急坂も、下山は早いです 30分ほどで、駐車地点でした 



西斜面に開かれた杉谷集落から新宮町中心部(中央尾根の向こう側)方向を見る

振り返れば、呉石山と石鎚神社が鎮座する電波塔の山が、

秋空の下で嫋やかな緑のラインを引いています

本家の険しさや輝く紅葉の華やかさは無いですが、

新宮茶の故郷の人々に大切にされてきた「石鎚さん」です


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