2024年06月08日   ”四国最東端の島・伊島”


この地図の作成に当たっては国土地理院長の承認を得、同院発行の数値地図50000、及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用。承認番号 平18総使 第582号る


伊島は、蒲生田岬より東へ約6q、紀伊水道上に位置する島で

島民の暮らす本島は周囲約9.5q、集落を除く島全域が室戸阿南海岸国定公園に指定されている

イシマササユリを始め、希少植物、野鳥の飛来など自然環境が多く残る島の周囲は

良好な漁場で、岩礁帯ではイセエビ、アワビ、サザエ等水産資源に恵まれている

また、歴史も古く、古墳時代の土器片が発見されたことから、5,6世紀頃には定住されており

平安時代に空也上人が訪れた島として、多くの言い伝えや縁の地名が残されている

(参考 「伊島散策絵地図」 徳島県南部総合県民局 経営企画部(美波)発行)


伊島港(9:08)〜(9:23)カベヘラ〜(10:00)峠地蔵〜(10:05)伊島灯台〜(10:57)観音堂(11:23)
〜(12:03)
峠地蔵〜(13:03)弁天さん登り口〜(13:27)弁天島(13:48)〜(14:15)港 (5時間15分)
(連絡船出港まで時間があるので、前島まで足を延ばしたり、松林寺界隈を散策)



阿南市津乃峰町の答島港 伊島連絡船「みしま(19t 航海速力21.0kt 旅客70名)」が停泊している



船内で片道1030円の乗船券を購入して、8時30分出港

椿泊や蒲生田岬を背に、海面を滑るように走ります



30分で伊島港に着岸です

港で「伊島散策絵地図」「ササユリマップ(伊島中学校生徒会発行)」を頂き

ワクワクとササユリハイキングに出発します



分かり易い絵地図も頂きましたが、要所要所に「ささゆりロード」の指標もある



ササユリを愛でながら、「カベヘラ」への石段を上がる

「カベヘラ」って?と思いながら上がってゆくと



太平洋を一望できる断崖に出た

目の前の磯は、「赤」「唐人」というらしい



小さな磯に上がっている太公望 グレやイサギが釣れるのかな?



ブーケになった素敵なササユリ〜♪



伊吹展望台より、伊島港、棚子島を見る



 「峠地蔵」の分岐

西国三十三霊場、第一番札所那智山青岸渡寺の如意輪観世音菩薩が迎えてくれる



霊場巡りの前に、伊島灯台へ

可愛いササユリが微笑んでいる



四国最東端で灯りを灯す、伊島灯台 (初点灯 昭和31年4月1日)

此処が伊島の最高点(120m位)です



灯台の背後に「ご遠見、ご番所跡」(狼煙場)

紀淡海峡を望む伊島は

藩政時代、阿波水軍の拠点として重要な役割を果たしていたと思います



観音堂が鎮座する、伊島北端の卒都婆嶽(卒塔婆かも?)



灯台から引き返してお茶休憩後、ミニ西国三十三霊場の道を進む

峠地蔵から観音堂まで2qに島民が寄進した三十三体の石仏が祀られている



昔は水田だったという「野尾辺湿地」

環境省により、「日本の重要湿地500」に選定されている



伊島灯台を振り返る



第十二番札所 岩間山正法寺の千手観音



荒々しい海食崖の「黒崎」 此処が四国の最東端

東方はるか紀州の山々が望めるとリーフレットには書かれています



分岐に「←野尾辺平野(帰り道) 奥の院 観音堂→」と「空也上人 修行の地→」の指標



分岐を右折して、松林寺奥之院「観音堂」

平安時代、空也上人が十一面観音像を刻んで安置したと伝わる

境内には藩政時代の領主・森甚五兵衛が寄進した供養塔や



六地蔵、明治時代に石井の先生と呼ばれた行者が刻んだ役ノ行者の石仏が祀られている



四等三角点 野尾辺 (116.61m)

ウロウロ探していたら、観音堂で休まれていたヤマッパーのメジナさんが見つけてくれました

その後、メジナさんご夫妻と一緒に、湿地帯へ向け下りてゆく



十七丁石 (松林寺からの道程なのでしょうか?)



通夜堂 2月18日の縁日には市がたつほど賑わっていたそうです



湿地帯を横切る



葦に覆われた湿地帯から、観音堂が建つ卒都婆嶽を振り返る

海が近いこんな場所でお米が作られていたなんて、不思議な気がします



湿地帯を出た所に、文字は読み取れないが道標らしきが建つ



参道だと思われる八丁坂をジグザグと上がってゆく



峠地蔵で、西国三十三霊場の道に合流

何やら、三角点の話で盛り上がっていますが・・・



この辺かなと、「大溜」辺りで見当をつけ、メジナさんと、グランパが三角点を探しに行ったけど

出来れば藪はご遠慮したい私たちは、おしゃべりしながら待機です



二人は無事に、二等三角点 伊島 (107.64m)を発見!

葉屑をいっぱいつけながら、満足げに下りてきました

後から調べて分かったんですが、三角点付近が

戦国時代、小笠原形部亮(刑部亮?)により築かれた伊島城跡の場所だったようです



「近道→」に従い、雰囲気の良い道を下りてゆくと伊島小・中学校の裏に出た

ササユリを守る活動を続けていた伊島中学校は、小学校とともに、2022年3月31日休校になっている



日本で唯一、奥津三神を祀る當所神社(伊島の氏神様)

「古事記」に拠れば、奥津三神とは、伊弉諾が黄泉の国から戻り禊をしたときに生まれた神で

奥疎神(おきざかるのかみ)、奥津那芸佐毘古(おきつなぎさびこのかみ)、奥津甲斐辯羅神(おきつかいべらのかみ)



「弁天さん登り口」 急な石段を上がってゆく



急坂途中の祠は、「たつえじぞう」

(「立江の地蔵さん」で知られている小松島の第十九番札所立江寺と関係があるのかな?)



弁天島(陸繋島だと思います)が見えてきましたが、まだそこそこ距離がありそうです

遠く北に見えてるのは、淡路島  国生み神話の沼島までは、30qくらいかな?



ササユリロードを快適に歩く



弁天さんの赤い鳥居が近くなった



ササユリを見ながら舟隠しのような場所に下り立ち、右へ



旧港のようです 港内をグルっと回り、鳥居を潜ると



僧渡浜(そうずのはま)に出る

「阿州の海中に湯島山(伊島?)あり、観音顕蹟の地なり」と、仏のお告げを受けた

踊念仏の祖、空也上人が紀州から赤栴檀の香木に乗って、辿りついたと伝わる浜



弁天島の急峻な斜面に、弁才天が祀られた祠が鎮座する



祠から伊島を見る 真ん中右寄りの小さな尖りが二等三角点「伊島」だと思います

波止に腰掛け、メジナさんと釣りの話などをしながら、の〜んびり



弁天さんの登り口まで戻り、奈良、平安時代の土器片が出土したという「水尻」周辺を散策

波止を過ぎた辺りに、ハマボッスやハマヒルガオが咲いていた



集落にも見事なユリ

伊島の世帯数58、人口は108人(R6.5.31現在)



左に「あご地蔵」を見て石段を上がり、横綱推奨県下十寺院と称された「松林寺」へ

空也上人の秘仏、観音像が安置されている



全国初の可動式防波水門を見ながら、新しい橋を渡り



前島へ上陸

一文字手前の尖り島は「焼飯山」だとか、なんとも美味しそうな名前です



連絡船「みしま」に乗って、伊島港を4時に出港

豊かな自然環境と歴史に彩られた、洋上に浮かぶ桃源郷、見どころいっぱいでした!


ご一緒させていただいたメジナさんの山行記、イシマササユリと三角点探索の日です

ありがとうございました


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