ブナの森

〜躍動期〜

林床をスプリングエフェメラルが彩り

続いて、小さな木々の芽吹きが済むと

ようやくブナが芽吹き出す

森の中は淡い緑に包まれ、深呼吸したくなるような空気が漂う

そうして、あらゆる物が目覚め、躍動し、活気に満ちてくる

 

伯耆大山(宝珠尾根)

ブナ林の規模が中国地方一といわれる伯耆大山

此処はブナにとって住み易い環境なんだろう

白い幹が林立する、萌え出たばかりのブナ林から

活気溢れるブナたちの息吹が伝わって来る

 

伯耆大山(元谷)

急斜面の続く木道の側で、薄緑色に霞む行者谷のブナ

日本海側のブナは「オオバブナ」、葉の茂った枝が雨で重たそう

大山北壁は、荒々しい山肌を剥き出しにして立ちはだかっているが

裾野一帯は緑の森で覆われている

標高800m辺りから1400m付近までブナ林が続く

その昔、ブナの森を使って椀や盆を作る木地師たちが沢山居たそうだ

船上山の東麓には、山川木地や大父木地の地名が残る

ガマズミの花を守るかのように枝を広げるブナ

フト、孫の産声を聞いた時の感動が甦る

安堵と嬉しさの中で、その昔私もこんなに想われていたのだと

30年も経って初めて気付く、その呑気さに苦笑しながら

経験してみないと、本当に分かっていない事も沢山有るのだと思った

そんな話をしながら、母に当時の礼を言ったら笑っていたが・・・

 

岩岳山(白馬村)

遠くに雪を被った白馬三山

春を謳歌するカタクリやハルリンドウを愛でながら登って行くと

やわらかな黄緑色が広がる山の斜面からは

躍動感溢れる木々の歓声が聞こえて来た

白馬マイスター・竹さんがブナの梢をそっと引き寄せて

新芽の横に可愛く垂れ下がる花のボンボリを見せてくれる

紅い雌しべをのぞかせた雌花、銀白色の毛がキラキラ輝いているの雄花

雄花のこの毛は寒さを凌ぐマフラーなんだそうだ

風が吹くと、雄花が散らした花粉で辺りが薄黄色に煙る事もあるとか

なんと、一本の木から約200億個もの花粉が飛び散るんだって!

 

剣山スーパー林道

スーパー林道のほぼ中央にある、憩いの場「ファガスの森・高城」

樹齢数百年のブナを中心にした神秘的な原生林で囲まれた

この場所は、森林浴を手軽に楽しめる癒しのスポット

「ブナの森と生きる」の著者・北村昌美氏は

「ブナ林に立つ時、静寂の中に大自然の息吹を感じ、

それに呼応するかのように自分自身の中の野生や自然が目覚める。

ブナ林こそは、自然と人間の共生を自覚するにふさわしい」と言っている

ブナの森には、やっぱり雨がよく似合う

ブナに覆われた山は、腐葉土に雨水を滲み込ませ

「緑のダム」と呼ばれるほど水が豊富に湧き出す

樹齢150年のブナ一本が約8トンの水を溜め込むそうだ

 

樫戸丸(かしどまる)

山頂付近に群生するという天女花・オオヤマレンゲを見に行った

3時間近くかけて登山口着、山頂までの登りは40分程

この山が賑わうのは天女花が咲き乱れるこの時期だけのようだ

薄っすらと緑色を帯びた霧が立ち込め

物音一つしない静かな茫漠とした森

足音を聞きつけたブナが

嬉しそうに両手を広げ「ようこそ」と迎えてくれる

霧に包まれた空気がゆったりと流れている

宮殿の衛兵の様に立ち並ぶブナ

まるで緑の海底に沈みこんでしまったような錯覚に陥りそうだ

樹雨が伝うブナからは、鼻歌が・・・♪〜♪〜

風呂上りのように、こざっぱりとして気持ち良さそう

お目当ての天女花も気高く咲き誇り

おまけに逞しい大ブナにも遇えてルンルン〜♪

 

石鎚(表参道)

 

強風が吹き抜ける夜明峠に立ち尽くし

多くの登山者を見守って来たブナ

「弥山まで、もう少しだよ」と、何時も元気を与えて呉れる

根さえ しっかりしていれば 

             枝葉は どんなに ゆれたって いいじゃないか           

           風にまかせて おけばいい       みつお

爆発したように新緑が広がるブナ林

柔らかな緑に歓迎されて、心がほっこりと温かくなる

おてんとうさまの  ひかりをいっぱい 吸った

あったかい 座ぶとんのような人   みつお

生命力溢れる逞しいアガリコブナ

いのちの根     相田みつお

なみだを こらえて  かなしみに  たえるとき

ぐちを  いわずに   くるしみに  たえるとき

いいわけしないで だまって批判に たえるとき

いかりを おさえて  じっと屈辱に たえるとき

あなたの眼のいろが ふかくなり いのちの根が ふかくなる

ヒメシャラ、シロモジ、タンナサワフタギリョウブ、コミネカエデ

ツタウルシ、オオイタヤメイゲツ、オオカメノキも仲間に加わり

萌黄色、若草色、若苗色、草色、柳葉色、等々

多彩な緑で彩られているブナの参道

木々が発散するフィトンチッドを胸いっぱい吸い込む

爽やか〜

 

石鎚(土小屋コース)

石鎚山では標高1200m辺りからモミやツガにかわって

ブナが目立つようになり、1400m以上になると

明るいイブキザサの中にはブナが優先してくる

密集した笹がブナの発芽を阻害し

稚樹や低木が見当たらないのは気になるが

芽吹いたばかりのブナ林からは、命の鼓動が聞こえてくる

 

伊吹山

ドイツでは「森の土の母」と呼ばれ、人々に親しまれているブナ

以前、この木の周りにソバの実のような三角形の形をした

ブナのドングリが沢山落ちているのを見たが・・・・

様々な悪条件で、子育ても大変なのね

子育て真っ最中の時、東井義雄先生より戴いた激励の言葉

「百千の 灯あらんも われを待つ灯は ひとつ

その灯を  家に  ともす人  お母さん」

 

岩黒山

濁りの無い透き通るような緑に日が差し込み

林床の野草にも満遍なく光が分配される

こうして芽吹きは下から上へと広がって行く

明るい林の向こうに、淡いピンク色がチラホラ混じる

ミツバツツジも咲き出し一層華やかさを増して来た

 

瓶ヶ森

霧につつまれた乳白色の世界のブナを見ていたら

30年も前の事を思い出したわ

図書館長のI先生に「ご主人の良い所を三つ言えますか?」

と突然聞かれて言葉に窮した事が有った

聞いて下さった真意は、ずーっと後になってやっと解ったが

良い所を見つけようと努力していたら、心から尊敬出来るようになった

夏の終わり、重たい霧が垂れ込める森で

鼠色の身体にグリーンのドレスを纏い

静かなおしゃれを楽しんでいる

 

稲叢山

木の葉が持っている緑色の意味を知って驚いた

光合成にはエネルギー量の少ない赤や青紫の光を使って

太陽の光の中でエネルギー量が最も多い緑光を

下層の植物や動物に回しているからだそうだ

森は全ての生物が、共存していける世界なのである

林床から梢を見上げると、柔らかい緑光が差し込んで来て

母の懐に抱かれているような、やすらぎを覚える

作家吉川英治が、宗教は何ですかと聞かれた時に

「宗教はありません。僕は母が何時でも自分の胸の中にあって、

僕はお母さんを思い出す時は決して悪い事はしません。

僕はお母さんを思い出せば勉強せずにおれません。」と

答えたそうだ。十代の頃の思い出に書かれていた

 

寒風山

強風が吹き荒れる尾根で、倒れまいと踏ん張り

こんなにゴツゴツした姿になったのかしら

今日は好い天気よ  たまには、のんびり寛いで〜

法然上人や親鸞上人の教えを守る真宗門徒の中に「妙好人」

と呼ばれる方が圧倒的に多いと柳宋悦の本の中で初めて知った

妙好とは白蓮華を意味するらしいが、まさに信心の象徴だ

越前の妙好人、前川五郎松さんが、

「自分の唱える念仏が嘘か真か嫁に聞け、

嫁がおらねばかかに聞け、かかがおらねば子や孫に聞け」

と言っているが、一番の修行の場はやっぱり家庭なのかな

もう一人の妙好人、因幡の源左さんが夫婦喧嘩の仲裁に入り

「先方の両親があんたを信じて呉れられた嫁だで、

そがあ想って大事にして上げなはれ」

言葉の調子、抑揚等の魅力を文字では現せないまでも

忠実に言行だけを記録したが、その暖かさ、浄さ、柔らかさを

伝える事が出来ないのが残念だと、あとがきに記されていた

踊ろうとしているブナ

何時も、人を楽しませる事ばかり考えている

うまく踊れないからといって悩まんでもいいよ

出来ないという事は、出来る様になる可能性があるんだから

何でも、出来るようになる過程に沢山の愉しみがあるんよ〜

 

一ノ森(追分トラバース道)

大木には精霊が宿るというが

静まり返るブナの森は

今にもその精霊たちが現れそうな雰囲気

勲章を首から提げた長老が、物静かに話し出した

「この道は初めてかい?腰掛けてゆっくりしていくといい

昔は、垢離取川で禊をした多くの修験者や信者が

頂上を目指して歩いた、由緒ある表参道なのだよ

もう直ぐ、冬の準備に備えて、色鮮やかな紅葉が始まるけど

それはそれは、目を見張るばかりの綾錦が繰り広げられ

皆々、この辺りで一息入れて休んだものだ」

何故か、懐かしい人に遇った時の様な

何時までも其処に佇んでいたい気持ちに駆られた

 

次郎笈(奥槍戸)

此処は、四国の豪雪地帯

一生懸命生きて来た誇りが満ち溢れている

華々しそうに見える冒険家達も

実に地道で淡々としている存在なのだ

何年も掛けて用意周到に準備された計画

日常生活において徹底した節制と鍛錬

それだけでも大変なのだが、人間性も冒険家としての大きな要因だ

自然に対する人間の無力さを知り、自然と対話、協調し

本当に謙虚な気持ちになれた時、大自然の神様が笑ってくれる

 

早池峰(岩手)

「遠野物語」に、遠野郷の四方の山々の中で最も秀でたる山と

紹介されているロマン溢れる早池峰

この山が故郷の山・東赤石と良く似ていると知ってから

遠く岩手の名峰に、ずーっと想いを馳せていた

登山口が既にブナ林の中という大自然の中

岩あり花あり展望抜群と素晴らしい山だった

標高はそんなに違わないのに、東赤石の登山口は植林の中

これが日本百名山と二百名山の差かしら

振り返ると、ブナ越しの早池峰が「またおいで〜」

んだば、またね〜   どんど晴れ〜

濃い緑の葉が天を覆い、昼でも薄暗く静かだ

「ブナ林から流れる水は肥料いらず」という言い伝えがあるが

ミネラルに富んだ水で育てられた東北のお米は、本当に美味しかったわ

堂々と聳えている大木も、近付いて良く見ると

コブが沢山出来たり、ねじれたりしている

長い年月、黙って風雪に耐えて来た証し

 

津志嶽

登山道の真ん中に立ち尽くすブナ

可愛いユキザサが、ブナの古木を見上げている

どんな会話をしているんだろう

森の天蓋を覆いつくしてしまった若葉が、宝石のように輝き

敷き詰められた葉を通して、エメラルドグリーンの光が差し込んで来る

 

高板山

気品あるシロヤシオの隣では、ブナの新緑が眩しい〜

危なっかしい痩せ尾根に根を張っているのに

そんな事にはお構いなく、堂々としている

新緑に朝の陽光が差し込んで、緑が一層華やいでいる

「逆光に きらきら 揺れる ブナ若葉」  鶴女

 

豊永峠(楮佐古小檜曽線)

林道沿いのブナ越しに、奥神賀山の稜線が見える

生まれたばかりの若葉が

透き通るような葉を揺らし、風と楽しげに会話している

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