大ブナロマン  ”続・ウエストサイズ物語”


プロローグ

「ウエストサイド物語」は

御存じニューヨークのウエストサイドを舞台にした、マリア(ナタリー・ウッド)と

トニー(リチャード・ベイマー)との恋物語を描いたアメリカのミュージカル映画です

所変わって、ウエストサイドに刺激され、太平洋を隔てた日本のとある小さな島で

大ブナのウエストサイズを測ることに生きがいを感じている夫婦がいた

普段はいい加減でアバウトな二人も、こと「ブナ」に関しては妥協は許しません

第一作に自己満足した二人は、読者の失笑を覚悟の上、再び

大ブナロマンを求め、メジャーを持って山に入ることになった


「四国一 面河山の大ブナ」

物語はまず平成24年11月10日に遡る

日本一は無理でも、せめて「四国一」のブナには会いたいと

笹に埋もれながら急斜面を右往左往したけれど、思い描いていたブナは現れない

来年に持ち越しかなと思いつつも、元来物事を先送りするのが嫌いな性格、「やっぱり、会いたい!」

幸いにも、発見者である写真家・石川道夫さんが同じ四国中央市にお住まいなので

お訪ねしたところ、何と先日出会ったブナがそれだと言う



10年前に撮られた写真を頂きましたので お断りして掲載いたします   

まさに、これこそが10年間思い描いていた大ブナの雄姿です



ほぼ同じアングルで左が10年前、右が今回です 樹勢が全然違います

目通りは、石川さんが測られた時は6m75cmあったそうです

何百年も生きてきた大ブナが、僅か10年でこれほど疲れ果てた姿になってしまうのか

いっそ幻のままでいて欲しかったという気持ちにもなってくる

なにはともあれ 「四国一 面河山の大ブナ」は一件落着、ひとまず幕を下ろしましょう


ところで「大ブナ」の称号については、前回、私見で目通り4m以上としたいと言いましたが

4m以上を一纏めにするのもロマンが無い そこで5m以上の大ブナを「巨大ブナ」

じゃ、6m以上は・・・モンスターブナ? いいえ「神のブナ」と呼びたいと思います


石川さんからお借りした、坪田和人著「ブナの山旅」、「続ブナの山旅」(山と渓谷社)には

日本のブナ巨木リストが掲載されている 注目すべきは、四国には大ブナが多いということ

ブナを語るとき四国のブナを外すことはできません

四国には大ブナに育つ環境が整っているのかどうかは分かりませんが

ひょっとしたら日本一のブナが身近に居るかも知れない

「グラマーブナ」を探して・・・ウエストは締まっている方が良いのでしょうが・・・

舞台は四国のブナの森、主演グランマー、監督・撮影・小道具他グランパ

プロローグが長くなりましたが、さぁ、続・ウエストサイズ物語ロードショーです

(サイズは実測値です 上記巨木リストに掲載のサイズとは誤差があります)



平成24年12月01日  伊吹山

四国にブナの山多しといえども、真っ先に思い起こすのが伊吹山(1503m)

石鎚山と瓶ヶ森の中間点に位置するこの山は、標高こそ目立たないが山系の展望台であると同時に

ブナの故郷とも言える程、大規模な原生林が広がっている

瓶ヶ森林道が閉鎖された翌日、よさこい峠から林道を歩いて大ブナに会って来ました





林道から駆け下りること数分、スズタケに覆われた林の中にスタイルの良い巨木が見えて来た

誇らしげに苔や地衣類の勲章を樹肌一面に飾り、背後には霧氷の稜線を従え

我こそはこの森の王者だ、と言わんばかりに威風堂々と立っている

根本近くから四方に枝を広げる八方ブナを見慣れた目には、その姿は新鮮に映る

早速メジャーを回してみると、目通り 5m37cm  足場は良いし、凹凸が少なく測り易い

数年前の春、雪の重みで折れた大枝が散乱した悲惨な光景に目を疑った事を思い出す

明らかに以前より空の面積が広くなり、枝をもぎ取られたブナたちの姿は今も痛々しい

木は歳をとってくると、傷ついた部分から菌類が侵入しやすくなり、腐朽が進んで行くそうだ

幸いこの巨大ブナには大きな傷はみられない

「神のブナと呼ばれる日まで元気でいてね」 メジャーを回し、ブナの温もりを感じながら思わず囁いた



少し離れた所に、主幹が杉かと見紛うほどにすらっとした大ブナ

奥の巨大ブナを警護する衛兵のように、黒っぽい軍服を纏い精悍な姿で立っている

こちらも太い!目通り4m25cmでした

ブナの葉を叩いた雨は、小枝を通して幹に集まり、幹を伝い大地に流れ落ちる

本来白っぽいブナの樹肌が黒々しいのは、寄宿する小植物や菌類の歓び溢れる色です

ブナは、樹幹流を通じて湿気を好む苔や地衣類が生活しやすい環境を提供しているのだろう



平成24年12月07日  カガマシ山

四国のブナの生育環境は標高凡そ1000m〜1700m位

特に大ブナは、1200m〜1600m辺りが居心地が良さそうです

そんな先入観を修正しなければならい情報が入って来た

カガマシ山(1343m)北斜面のブナ林は既にメジャーですが、標高800m位に大ブナが居るそうだ



凡その場所を教えて頂き、いざ出発 居所は谷から50m程上の標高800m位

めぼしき場所の手前で谷から分かれ急斜面を駆け上がる

私は谷から30m位上、グランパは70m位上を二手に分かれて谷筋を詰めてゆく

結婚式でのウェディングケーキ入刀以来の共同作業です 思えば、かれこれ40年、歳もとったはずです

 谷まで転げ落ちそうな急斜面をウロウロ、もう諦めて帰ろうかと思った矢先

「ウワァ〜でかい!あったよ〜!」 思わず静まり返った谷に大声が響く

一目瞭然、まさしく探し求めていた大ブナです

よくこんな急斜面に立っていられるものだと、思いながら

近付くと、谷側に立つモミの木が「もういい加減にしてよ」とつっかえ棒の役目をしてくれている

谷に向かって大枝を伸びやかに振り上げる姿を眺めていたら

「ウエスト・サイド物語」の中で、マリアの兄・ベルナルドに扮したジョージ・チャキリスを思い出した

頭にも届くほど足を高く振り上げて  格好良かったなぁ〜



目通り 5m70cm 後、何十年か経てば6mを超えそうな勢いが感じられる

「神のブナ」になる日を見届けるのは無理だとしても、その晴れ姿を想像するだけでも十分楽しくなってくる

ところで、神のウエストを測るって、そんな畏れ多いこと「罰が当たりますぞ」 と言われそう

そこなんです どうしましょう? いっその事、神が留守の神無月にでもこそっと測ろうか?



巨大ブナから少し上に、目通り4m70cmのスタイリッシュな大ブナが立っている

これほどの美人ブナは初めて〜♪ 立ち姿に色気を漂わせている

思わず耳を当て、美しさの秘訣を聞いてみたくなってくる

想像を超える大ブナに出会え、ルンルン気分で急斜面を駆け下りる

下り立った谷には、集落跡かあるいは木地師や炭焼きの一時的な住居跡なのか

石積みや井戸?が残っている 世の流れが川上から川下に移った証です

大ブナ時間からすれば、ほんの最近まで賑やかな人の声が聞こえて来ていたのだろう

人は居心地が悪くなれば居所を変えることが出来るが、植物にはそんな我儘は許されない

種の落ちた所がたとえどんな窮屈な場所でも、根を下ろし精いっぱい生きなければならない

日当たりが悪く、ちょっと息抜きをすると転げ落ちそうな急斜面に大きな根を張り

踏ん張って生きている大ブナたちに感動とともに、尊敬の念すら湧いてくる



平成24年11月25日  竜王峠

奥白髪山から竜王峠への稜線に大ブナが居ると、高知の山友から情報を頂いた

奥白髪山の主の様なその姿は、登山者を威圧するかの様に両手を広げ登山道を覆っている



簡単に会えるだろうと竜王峠からジャンクションピークまで歩くが、それらしき大ブナは見当たらない

水と食料が不安なので、今度奥白髪山の方から歩いてみようと引返す途中で呼び止められた2本

登山道から少し笹薮を分け下った斜面に立っている

人も木も歳をとると、特にウエストの辺りに年輪が刻まれるらしい 

ごつごつした胴回りに、厳しい環境を生き抜いてきた苦労と知恵が現れている

メジャーを回すと3m95cm 大ブナと呼ぶには少し足りない

目通りは、正確には凹凸部分を全て忠実に辿って測るそうですが、

生来アバウトな性格、そんな面倒な事は出来ません

凹凸を考慮すればゆうに4mを超えるのは明らかで、大ブナの仲間に入ります

余談ですが、ウエストサイズといえば、20年も前息子が高校卒業の時に作ったスーツが未だにピッタリ

何が言いたいのかって? そんな野暮なこと聞かんとって下さい



直ぐ近くに両手をいっぱい広げ、辺りの空間を独占したブナ 目通り 3m40cm 

大ブナと呼ばれるのにはまだ50年以上(?)はかかりそうだけど、自己PRの上手いブナです

実力以上に自分を大きく見せるのが上手いと言えば、政治家にもそんな方がいるような・・・・

横で「自分の胸にも手を当ててみい」との声 何の事〜? 

小さい小さいと言われて六十有余年 最近、身体の割に声は大きくなったかもしれない

自己主張というより、耳が遠くなったのかなぁ〜



平成24年12月13日  高越山

お大師さんが見守る高越山(1133m)頂上直下に建つ修験の寺・高越寺

その参道にひときわ大きいブナが居たのを思い出し尋ねてみた



高越山(1133m)は、標高差約1000mを頑張らなければいけない厳しい山です

今日は省エネコースの裏参道からと、雪深い車道を上って行くが舟窪ツツジ公園手前でギブアップ

公園の駐車場に停め、今季初の雪道を楽しみながら神社駐車場まで歩き、一礼して参道をゆく

暫く進むと、窮屈そうな急斜面で参拝者を見守るように立っている 

目通りは3m30cm 横への広がりは無いが、ずっしりとした重量感がある

御神木といえば杉や楠と相場は決まっているが、此処だけの話とお断りして

このブナを、高越寺の御神木と呼ばせて頂きましょう

ブナ林の中の弘法大師を初めて見た時は、不釣り合いさを感じたけれど

二重の癒しを与えてくれると考えたら納得 そんな有り難い山は他には無いんじゃないかな?

ブナは、芽生えて50年ほどで花を咲かせ、80年ほどで実をつけるそうだ

幸い、御神木はじめ、頂上周辺には100年を超えるような中ブナが沢山残っている

高越山がいつまでも癒しの山でいて欲しい そんな願いを込めて

御神木と、菅笠に新雪をたっぷり載せたお大師さんに手を合わせた



平成24年12月20日  奥白髪山

  竜王峠で会えなかった大ブナを尋ねて、今度は奥白髪山(1470m)から北へ稜線を歩いてみた



頂上から30分 これだ! 白い登山道沿いに関所の様に立ちはだかるブナ

うっとりするほど綺麗です、でも大ブナ特有の幹のごつごつ感が無いので4mには届かないだろうな

測ってみれば3m65cm ある程度遠目で目通りの見当がつくようになりました



周りには素敵なブナの森が広がっている とその時、奥の方からかすかに声が聞こえて来た

大ブナといっても林から抜きん出ているとか、一本で森を創るほどの広がりを持っているとかでは無い

概して、高さに比して根元付近の胴回りが不釣り合いな程に大きいという特徴がある

大ブナ探しは裾まで見通せる落葉期に限ります

奥の方まで見渡せば真っ白い林の中から、一際黒く大きな図体のブナが手招きをしている

近付いてみると「太い!」と、思わず声が出る 目通りは4m55cm

大ブナを前にして、小学生の頃の恩師に再会した様な感激が込み上げてくる

あの頃は見るもの全てが大きく、特に先生は大木の様にどっしりしていて威厳に満ちていた

向こう側から見ると、左右に伸ばした主幹の付け根は朽ち始め、其処に根を下ろした幼木が育っている

自らの身を殺してまでも次世代に栄養を与える 昔の先生は偉大です

とはいうものの現在の先生は大変です いじめ問題、PTA対応等に神経を使い

学力向上に割く時間が足りないのでは? 安倍総理 教育改革するなら結果を出して下さいよ



平成24年12月27日  笹ヶ峰

今年の納山に選んだ山は笹ヶ峰(1860m)

美しい笹原と、コメツツジが群れる名山の中腹には癒しの森が広がっている



宿(しゅく)を過ぎ、人工林を抜けると早速登山道の両側でスタイルの良いブナが迎えてくれる

右が3m53cm(上の写真)、左が3m44cm あたかも、かつての修験の山の山門を潜るが如きです

ところで、笹ヶ峰は思い出深い山 

忘れもしない中学生の頃、登ったからではなく、登れなかったから思い出深いんです

学校登山全盛時、授業の一環で笹ヶ峰に皆んなが登るのに

体力に不安があると見られたのか、「自習しとけ」と、連れて行って貰えませんでした

あの先生、今どうしているかなぁ? 笹ヶ峰を横にした様なお腹を抱えていたりして・・・

もう90歳はゆうに超えていると思うけど、雪のもみじ谷を歩いて来ましたと報告したい気持ちです





西山越と丸山荘の中間点、登山道沿いにある老木

これまで側を通る度に大きいなぁと見上げていたが、納山を機会に尋ねてみた

霧氷で着飾り、メジャーを待ちくたびれていたように迎えてくれた

物音一つしない氷点下の世界、幹を辿って枝先を見れば

もう既に来春の新たな命を冬芽という鎧に包み、これから迎える吹雪に立ち向かおうとしている

ブナたちにとって、厳しい冬を耐え命を繋ぐ季節の始まりです

測ってみれば、4m84cm(根元回りは5m63cm) 思っていた以上に大きいです

根元にある大きな瘤(こぶ)は、すぐ側を歩く登山者との緩衝帯だろうか?

母なる山のマザーツリー、メジャー納めに相応しい大ブナでした



エピローグ

これからブナの森は雪と風の世界へと変わってゆく

雪に埋もれた「神のブナ」に会いたい気持ちはいっぱいですが、雪藪を突き進む勇気も体力もありません

 ブナ林が一番美しい時、そう残雪の中でブナの芽吹きが峰を駆け上がる頃まで

一旦メジャーを仕舞いたいと思います

来春、萌え出した林の中で、一回り大きくなったブナたちがきっと賑やかに迎えてくれるでしょう

もう40年以上も前に観た映画がきっかけで、拘ってみた大ブナの「ウエストサイズ」

今度出会う大ブナがどんな顔をしていて、何を語らしめるのか?

冬が来たばかりなのに、早くも春の到来が待ち遠しい

啓子の部屋   ホーム