2019年01月13日  ”天霧山・弥谷山”


GPSトラックログ (カシミールソフト使用)
この地図の作成に当たっては国土地理院長の承認を得、同院発行の数値地図50000(地図画像)、及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用
 承認番号 平18総使 第582号る


西讃界隈のお山に、面白い歴史が埋もれていないかと文献を読んでいたら

天霧山の麓に、勤王の僧、月照上人、信海上人兄弟が出家得度した寺があるという

清水寺成就院の住職であった月照は、尊王攘夷派として活躍し隆盛と共に錦江湾に入水し遷化する

NHK大河「西郷どん」が放映されていた昨年は、賑わったかもしれない

今回は、牛額寺のある碑殿町界隈を散策後、天霧山・弥谷山をアレンジして歩いてきました


弥谷寺駐車場(8:50)〜(9:50)牛額寺〜(10:20)天霧山登山口〜(10:53)弥谷越(11:00)
(11:35)
虚空蔵寺〜(12:00)天霧山登山口〜(12:45)保線路分岐〜(13:10)三角点
(13:40)弥谷越(13:47)〜(14:00)弥谷山〜(14:25)弥谷寺〜(14:45)駐車場(5時間55分)



弥谷寺駐車場に車を停め、「72番 曼荼羅寺、73番 出釈迦寺→」の標石に従って遍路道をゆく

落葉が敷き詰められた雰囲気の良い遍路道に、札所の石仏とお大師さんの像が佇む



自然林を過ぎ、うっそうとした竹林の道や蛇谷池の堤を歩き、車道に出る

「四国のみち」の道標と、国指定史跡・讃岐遍路道(曼荼羅寺道)の説明板がある

(左写真 車道に出た所を振り返っています)

遍路道は右ですが、法然上人ゆかりの「蛇岩」を捜して左へ数分ゆくと

右の崖中腹に、歌碑を咥えた蛇のような巨岩が現れた 「法然上人蛇身石」です

さむくとも 袂に いれよ 西の風 弥陀の国より 吹くと思へば



「蛇岩」から引き返し、遍路道をゆく

ちょっと回り道になるけど、天気も好いし景色を楽しみながら広々とした上池の周りを一周してみます

上池に姿を映す天霧山 西讃のマッターホルンと呼んでもいいかな?

地蔵菩薩立像  台座を入れると、4.9mにもなる大地蔵です 

弥谷寺へ奉納するため本島から運ばれたが、あまりの大きさに山道を運びきれず

上池堤防北角の遍路道沿いに安置されたそうです



車道をショートカットして農道をゆく

新しく創建された牛額寺から、「西郷どん 月照、信海像→」の標識に導かれ真っ直ぐ進むと

突き当りの山裾に、「獅子山遍照院 牛額寺」 月照、信海兄弟が出家得度した寺です

お堂の裏山に「牛穴」と呼ばれる洞窟が有り、天霧山を越えた北麓の奥白方へ通じており

その「牛穴」から「二頭一身の牝牛」が出没したという伝説が寺号となり、平安時代に 開基された



掃き清められた境内の奥の高台に

勤王に尽くし非業の死を遂げた兄弟僧、月照上人、信海上人の石像が並んでいる

牛額寺を後にして車道を20分、 「史跡・天霧城跡→」と書かれた小さな標柱を見て、右折

30mほど農道を進んで左、登山道(鉄塔巡視路)に入る



鉄塔巡視路を快適に歩き高度を上げてゆくと、樹間から大池、その向こうに五岳山が見える

でも麓から見上げた限り、このまますんなりに尾根に出られるとも思えません

道は次第に斜度を増してきて、稜線近くになるとそこそこの急斜面

道を見失うことは無いですが、落葉が乗った急坂はしんどかったです



弥谷寺からの登山道に合流すると、程なく弥谷越でした(左写真は振り返ってます)

峠で大休止後、西国三十三ヶ所霊場の33番・谷汲山華厳寺の十一面観音様に見送られ、白方へと下ってゆく

 

この道は、香川家由来之記に、「七曲りの険坂にして小石道なり」と記されている

今は、遍路道として利用されているようで、険坂というほどでもないが、谷沿いの道はかなり荒れている 

 25番・御嶽山清水寺の千手観音様が心配そう

15番・新那智山観音寺(通称 今熊野観音寺)の背後に、薬師如来様が祀られた天霧八王山奥之院 

 

砂防ダム横の長い階段を下り、車道に出て少し進むと

1番・那智山青岸渡寺の如意輪観音様と、西国三十三ヶ所霊場と刻まれた立派な標石が立つ

下のお堂は、弘法大師開基の虚空蔵寺 お大師さんが虚空蔵求問持法を納められたという霊跡です



オリーブ畑越しに、この後歩く天霧山、弥谷山の稜線を見る

天霧山から北に流れ落ちる尾根先端を東に回り込み、鉄塔巡視路に入る



最初の鉄塔までは、勾配がきつい  ひっくり返りそうで、靴底に力が入ります

一歩、一歩踏みしめ15分で鉄塔 ここからは緩やかになる



三つ目の鉄塔から2分で、巡視路との分れ

2017年12月に登った時は、左折しすぐ右の大岩基部を巻き、悪戦苦闘して稜線に這い上がりましたが

今日は、左折後迷わずそのまま直進 道は薄いが、とにかく稜線を目指す

稜線に出て右へ  ずり落ちそうになっても、掴むものも無い

山条山や貴峰山のお助けロープを分けて欲しいほどの斜面を登ると



ひっそりと図根三角点 すぐ先の展望場から一押しの景色を楽しむ

西に弥谷山、黒戸山、荘内半島の紫雲出山や詫間沖の粟島



東に讃岐富士や中讃の山々、左には瀬戸大橋も視界に入る

薄い道がコブを嫌って右に延びるが、稜線を進む



急斜面を登ると、ススキに埋もれた△天霧山(360.1m) ここが城郭北東端

細長い城跡を本丸向け進む 「空堀」を過ぎ、東面を慎重に登ってゆく

山側にもロープが欲しい所です



谷側に渡されたロープの向こうは絶景 直下に山姿を蝕む採石場

「そんな危ない所に立ってないで、さっさと通り過ぎようや」

もうホンマに、見ている方がハラハラします

三の丸跡、二の丸跡を過ぎると「天霧山本丸跡(物見台)」 頂上(382m)です

香川家由来之記を要約すれば

「山は惣して荒廃し山人猟人其道なき所より登るべしなり。されば険阻の山にして、岩石多ければ易く登るべきにも非ず。

頂上より半町ばかり下に湧泉あり。旱天のときにもいささかも減ずることなく此泉を以て衆の城兵を蓄へり」

支峰に配された砦や出丸の大半は南北朝期の遺構で、実に天険を利用し全山城郭といった堅城であったが

天正14年、豊臣秀吉十万騎の兵を持って四国を攻めた折、天霧城も落城した



「犬返しの険」の難所を下り、空堀、古井戸への道を右に見て、尾根を進む

隠砦跡のコブを過ぎると、今日2度目の弥谷越 

お茶休憩後、弥谷寺への道と分かれ、右の鉄塔巡視路(縦走路)に入る



直ぐ巡視路と分れ、左縦走路に入る 弥谷山は終始展望は有りません

木漏れ日差す緩斜面を登ると、弥谷山(△381.53m)



縦走路を尚も西へ進む 頂上から10分ほど下り、326mpとの鞍部を左へ

分岐に、弥谷寺と書かれた小さなプレートが木に括られている



道の薄い所、濃い所を繋ぎながら斜めに下ると墓所に出る

墓所を抜けて登山道に下り立ち、其処から1分足らずで護摩堂に出た



弥陀三尊磨崖仏を見て、七十一番札所・剣五山弥谷寺本堂にお参り

540段あるという石段を下り、仁王門を潜ると朝歩いた曼荼羅寺への道に出合う

参拝者の車がいっぱいの駐車場に帰って来た


高速や国道を走れば、天霧山の痛々しい姿が目につくが

山頂に築かれた城郭跡や麓に残る史跡はロマンたっぷりでした

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